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儀礼をもって結婚とする「儀式婚」

一定の形式にそった儀礼をもって結婚とする「儀式婚」。当事者同士の契約による「民事婚」。法律で結婚の要件を定める「法律婚」。日本でも、明治の前半までは儀式婚や民事婚(今風にいえば事実婚)が一般的で、結婚も離婚も地域共同体の慣習に任せているというのが実態だった。明治政府も当初は「儀式婚」にこだわっていた。が、結果的には、入籍だけでいい(逆にいうと入籍しなければ結婚とは認めない)という方針を明治民法は打ち出した。「婚姻」とは法的に認められた結婚を指す言葉。よくも悪くも、結婚を国家が管理する時代がここからはじまったのだった。評判の悪い明治民法だけれども、この法律で「結婚の近代化」が図られたのも事実である。なにしろこの時代には「足入れ婚」(息子の嫁にと女を連れてきて、労働力と性の対象にしたあげく、気に入らなければ追い出す試験結婚みたいなもの)なんていう野蛮な風習があったほどで、妻の座が法的に保障されるのは、重要なことだったのだ。

四十二歳のときは子が二歳で凶が増殖するという認識

四十一歳で子を生むと、これを「四十二歳の二つ子」と称したのは、四十二歳のときは子が二歳で凶が増殖するという認識なのである。そこであえて他姓を名のらせた。つまり他人の子にすることがあったらしい。同じく『和漢三才図会』では、厄年にあたる前年に厄払いの方法があったことを示している。すなわち、凡そ厄に当る前年節分の夜、追儺の炒豆は年数を用い銭を添えて之を棄つ、或は古撹鼻揮を取り之を道衢に捨つれば即ち崇なし、此等は皆其心を慰禍を避くるなり、忌の字は即ち己れの心なり。小人と雖も貪欲度を守り飲食色欲節を守るは厄を祓い災を除く上策なり、というものである。追儺や鬼やらいに用いた炒り豆に、さらに自分の年の数だけ銭をつけて、これを捨てた。またその者の古いふんどしをとって道の辻に捨てたのである。

「髪・指先・靴」を制して清潔感を演出する

人の目は先端に集まる。これは人間の身体でいえば頭と手足の先、つまり、「髪」「指先」「靴」。この3ポイントを押さえておくことで、全体の生理的な印象を制することができる。まずは髪。どんなに仕立てのいいビジネススーツに身を包んでいても、髪に寝ぐせがついていたり、肩にフケが落ちていたりでは、信頼感や誠実さは感じられず、だらしない印象だけが残る。整髪料のにおいが強すぎるのも悪印象。また、髪型は顔の印象を左右する大事な要素。「知性の象徴」ともいわれる額はオープンにしたほうがよく、前髪が目にかかる髪型はビジネスではタブー。次に指先。名刺を差し出す、お茶を飲む、ものを指し示すなど、常に動きをともなうので目立つ。行動範囲が広く、3つの中でも常に見られるポイントだ。ここは清潔感と健康的に見えることが大切。気をつけたいのは爪の裏側。ホコリやアカがたまらないように使い古しの歯ブラシや爪ブラシでこまめに洗うこと。ささくれなどにも気をつけて、荒れやすい人はハンドクリームでケアを。そして「足元を見る」というように、ホテルマンは靴で客の身分を判断するともいわれ、欧米では服飾費の半分近くをまず靴に投資するという。常に見られていることを意識して、いいものを選ぶこと。汚れを取って磨くことはもちろん、階段の上り下りで目につく「かかとの減り」もまめにチェック。革靴は同じものを毎日履かずに、数日あけながら何足かをローテーションで履いて長持ちさせよう。